2012年10月13日土曜日

IMF世銀総会レポート






IMF世銀の年次総会(http://www.imf-wb.2012tokyo.mof.go.jp/jp/index.html)が日本で48年ぶりに開催された。ビジターとして参加する機会があったので、総会の場で感じたことを共有したい。尚、参加とはいえ「見物」に近いものであったため、文章の内容が表面的な記述にとどまっていることについて予めお断りしておきたい。


1. 国際会議という「お祭り」
国際会議は「お祭り」のようなものだ。開催期間中、東京、特に有楽町から日比谷にかけてのエリアはお祭り騒ぎのような状況だった。普段とは違った雰囲気になる。この会議に参加するために世界中から人が集まるのだから当然のことである。お祭りのようなワクワク感、高揚感、そして終わりがある。お祭りの高揚感はなぜ起こるかというと、あの一体感だ。一つの音楽、統一された雰囲気、皆同じ格好になり、同じことをする。今回の総会においても、世界中の様々なセクターを代表する人々が集まり共通の課題について考え話し合う、そうした一体感が醸成されている。世界の課題に取り組む一員であるという意識を一人一人が持つ。

2. 世界で共有される課題
議論されていることは非常にベーシックである。誰もが本質的な論点に頭を悩ませている。つまり日常の職場や生活で直面する課題がすなわち世界で共有される課題なのだ。それは国や地域、集団、個人によって課題である場合もあればない場合もあるだろうが、人間が直面する課題には共通項がある。

3. 会いたい人に会えることの貴重さ
国際会議の実際的な利点は、会いたい人に会える可能性である。同じホテルに滞在していれば、いざとなればすぐ顔を突き合わせて会話ができる。ホテルのロビーでたまたま出くわすこともある。どちらかというと、たまたま出くわすことの方が貴重である。日常の東京で、「たまたま」国際機関のトップや財務大臣に会う可能性はほぼゼロだが、総会の場ではそういったことがままにある。論文には目を通していたとか、前から注目していた、知り合いになりたいと思っていた人に会うことができるのだ。人は、実際に顔をあわせたか会話したかでその印象や距離感は全く異なってくる。どんな形であれ、実際に会うということは貴重なのだ。

 4. パネリストとコーディネーターの実力
私は、誰もが参加できる一連のセミナーに参加した。誰もが参加できるとはいえ、パネリストは豪華である。ああいった場では失敗は許されない。パネリストはだれもが周到に準備をしてきているように見受けられた。しかし、原稿を読んでいる人はほとんどいない。誰もが自分の頭の中に言いたいこと、言うべきことを叩き込んできている。むしろ、言いたいことがはっきりと自分の中にあるという感じだ。いつでもあのようにコメントを求められた場合、自分が考えていることを理路整然と述べられるように訓練と準備を積んでいるように見受けられた。コーディネーターの実力も、本物だ。なぜならパネリストが、与えられた質問に関して関連する用意した自分の意見を述べれば済むのに対して、コーディネーターは出だされた意見についてその場で理解し、次の議論へとつなげる必要があるからである。もちろんどんなことを言うかは想定があるかもしれないが、想定外であっても次へつなげる必要がある。またユーモアも必要だ。バラバラに発言するパネリストをうまくまとめて、一体感を出すことも仕事だ。国際舞台の場でのコーディネーターはかなりハードルの高い仕事だ。

5. ユーモアは注目される
ユーモアは大切だ。最初の場面で、ユーモアが言えるかどうか、ユーモアをもった人物は、印象に残るし、頭の回転の良さを印象づけられる。なにしろ好意を持たれる。ユーモアを準備することは難しいが、常に周りを観察して、気づくことがもたらす効果は大きい。なにしろ国際会議という場は緊張感もある一方で、堅苦しい話題と雰囲気に辟易することも多い。そうした時間におけるユーモアの効果は絶大である。


6. 英語というツール
やはり英語の必要性を痛感した。城島財務大臣のスピーチをパネルの場とレセプションの場で聞く機会があったが、準備不足もあってかどちらも日本語であった。私が聞いたセミナーでは唯一英語以外で話すスピーカーであった。確かに母国語は大事であるが、国際会議の場ではほとんどの人が英語を話し英語を理解する。パネルの聴衆には翻訳機を手元にもっていない人も多く、そうした人にとってはどんなに重要なことを述べていたとしても理解されない。また、レセプションの場では同時通訳がその場で英語にして通訳していたが、非常に間延びして感じられた。国を代表する人間であれば、せめて準備をしてきた原稿は英語で読めるようにしたい。

7. この人は何者か?は一分以内に評価される
国際会議の場では、いろいろなことを言わないことだ。あれこれ言ってしまうと印象に残らない。言いたいことは一つに絞る。一つのアイデア、プリンシパルを体現する。際会議の場では、特定の人と10分以上話すことはまずないだろう。せいぜい、お互い挨拶をして何者かを共有するくらいである。そうした場で、相手が何者かを評価するのはほぼ一瞬である。その一瞬にかけるのである。そのためには、見た目も含め多いに準備する必要があるだろう。最初の一分で、取るに足らない人物だと相手の評価されてしまえば次につながることはない。なお、体格の良さは重要だ。これは感覚的なことだが、堂々としていて大きい人の意見は重要に聞こえる。世界のトップは体格がしっかりしている人が多かった。


8. 学歴と共通項
世界のトップは高学歴だ。よく日本では「学歴主義」が問題とされることがあるが、世界こそ「学歴主義」である。学歴を追求する姿勢はなにも批判されるべきことではなく、世界がそのようなルールである以上それに従うことは問題ではない。問題とされるのは、学歴そのものではなく、学歴に拘泥するあまり実力を評価されないことだ。学歴が低いばかりに実力に秀でた人が評価されないことは問題だ。学歴は以下の場合にも役に立つ。国際会議の場のような、見知らぬ人がたくさん集まる場において、さて目の前の人が何者なのかという不安は常につきまとう。世界のトップにおいても同じことだ。たとえばアフリカの途上国の財務大臣だったとして、その人が何者なのか、実力があるのかないのか、信頼できるのかどうか、話すに足る人物かどうか、というのは分からない。そんなとき、名の知れたアメリカの大学出身であるという情報の信頼性は抜群である。少なくとも話すに足る人物だと言うことは分かってもらえる。人間は、得体の知れないものに対する不安を持っている。何かしらの共通項や知っていることを探そうとする。出身大学、趣味、スポーツは共通項を見つける手助けをしてくれる。

9. ロジを取りまとめるのも大事な能力
最後に、ロジを滞りなく取りまとめるという力は評価される。ただの雑用と思わず、それこそが会議を成功させる鍵と心得る。今回の国際会議も、主催者側では反省点はあるだろうが、細部まで気配りをすることがどんなに大変でかつ大切なことか、想像するにあまりないものがあった。ロジはすべてにつながる大切な仕事である。

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